月夜に刻まれる執着

ドラルク→ヒナイチ
ヒナイチに執着したドラルクの話
最後は一応両思いになりますが暗めです

夜の新横浜駅前、ヒナイチは吸対服を着た背の高い男性と親しげに話をしていた。

彼は屈託のない笑顔でヒナイチに何かを楽しげに語りかけている。その光景はまるで二人だけの世界が広がっているかのように和やかだった。

そんな様子を遠くから目撃してしまったドラルクは、物陰に隠れながらじっと二人を見つめていた。

(ヒ、ヒナイチ君が…なんであんな笑顔で他の男と…?)

普段なら気にしないはずなのに、今日はなぜか胸の奥がじりじりと熱くなる。どうしても目が離せず気づけば拳を握りしめていた。

その時、男性がヒナイチの肩に軽く手を置き顔を寄せて何かを囁くように話しているのが見えた。

「な…何だあれは!?」

ドラルクは驚いて砂化してしまった。
そのままの姿で隠れるように二人に近づいていくが、自分でも何をしたいのか分からない。ただその光景がどうしようもなく気に入らなかったのだ。

近くまで来ると、二人の会話が耳に入る。

「ヒナイチ副隊長!今度任務が早く終わった時に良ければ一緒に食事でもどうですか?美味しいケーキもあるお店なんですよ」

「誘ってくれるのはいいのだが、監視任務があるんだ。…ドラルクも一緒でいいか?」

「ええ、構いませんよ。吸血鬼と一緒に食事ってのも面白そうじゃないですか!」

男性が軽く笑うのを見た瞬間、ドラルクの心にチクッと刺さるような感情が広がった。自分がただの「付属品」かのように扱われたように感じる。

(ヒナイチ君の世界に私は入れないってことなのか)

「ばかばかしい!」

小さく吐き捨てたドラルクはその場を去ろうとしたが、ふと立ち止まり、振り返って二人を睨んでしまう。

「真祖にして無敵のこのドラルク様が!人間ごときに嫉妬するわけが…」

「ドラルク!?なんでそんなところに…?まさか、ずっと見てたのか?」

不意を突かれたドラルクは一瞬だけ目を見開くが、すぐに咳払いをして胸を張り、冷静を装って言い放つ。

「た、たまたま通りかかっただけだ!別に…ヒナイチ君が誰と話していようと私には全く関係ない!」

ヒナイチは少し首を傾げ疑いの目を向けた。

「本当か?そんな必死な顔をして言われても説得力ないぞ。それに…お前今、砂になってるじゃないか。もしかして焦ってる?」

ドラルクはハッとして慌てて自分の砂化している部分をマントで隠し気まずそうに視線をそらす。

「ば、ばかな!砂になっているのは…ただの気のせいだ。吸血鬼にはよくあることだろう。決して焦ってなどいない!」

「じゃあ、何故こっちをじっと見てたんだ?もしかして私が他の男と話してるのが気に入らなかったか?」

「なっ…バカを言うな!そんな理由で見ていた訳ではない!」

「じゃあ他にどんな理由があるんだ?」

ヒナイチのからかうような視線にドラルクは一瞬たじろぎながらも強い口調で反論する。

「その男が、お前に何か危害を加えないか見張っていただけだ!人間は簡単に吸血鬼の罠に引っかかるものだからな!」

「はは、さすがにその言い訳は無理がある。私がただの同僚と話してるだけでそこまで監視する程心配するか?…もしかして、ちょっと嫉妬してるんじゃないか?」

ドラルクは顔を赤らめすぐに反論しようとするが言葉が詰まってしまう。

「し、嫉妬などするものか!私はただ…その…」

「その?」

「…ただ君が無防備すぎるから目が離せなかっただけだ!」

ヒナイチは少し笑いながらも真剣な顔でドラルクを見つめる。

「まあ、心配してくれるのはありがたいが大丈夫だぞ。私は私でやっている。ドラルクが気にする必要はないのだよ」

すまん冗談が過ぎたなと言い、ドラルクはその言葉に少し寂しそうな表情を浮かべるがすぐにいつもの強がった態度に戻る。

「ふん!分かっている。私がこんなくだらないことで心配するなど吸血鬼としてふさわしくないからな。…だがもし君が何か困ったことがあればすぐに呼ぶがいい」

ヒナイチは少し照れたように笑いながらそっとドラルクの肩を叩く。

「ありがとうドラルク。ちゃんと見守ってくれてるのは分かったから無理しなくていいんだぞ?」

ドラルクはむっつりとした表情で少しそっぽを向く。その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。

だがその奥では自分でも気づかないうちにヒナイチへの思いが深く強くなりつつあるのを感じていた。
彼女が他の誰かと親しげに話す度…自分が知らない笑顔を誰かに向ける度…胸の中に何とも言えない熱が込み上げてくる。

(私の側にいてただ笑ってくれるだけでいい…なのにどうして…)

そんな考えが浮かび心の奥底にヒナイチに対する執着が静かに根を張り始めているのを感じる。彼女の全てを知りたいと願い、誰よりも近くにいたいという欲望に形を変えていく。

(ヒナイチ君はいずれ気づくだろう。私がどれだけ想っているかを)

その想いを胸に秘めドラルクは再び彼女の姿を追いかけるのだった。

新横浜駅前から退散したドラルク。

ロナルド吸血鬼退治事務所に戻っても気持ちの収まりがつかず、部屋の中を無意味に行ったり来たりしていた。ジョンが不安げにこちらを見ているがドラルクはその視線を気にする余裕すらない。

「くだらん…人間ごときに気を揉むなど、真祖として情けないにも程がある…」

自分にそう言い聞かせてもあれから胸のざわつきは収まらない。ヒナイチの笑顔がまるで他の誰かに向けられているかのような気がしてしまう。その笑顔が彼女を軽く誘うような男の言葉に応えていたのが、どうにも許せなかった。

それから数日、ドラルクはヒナイチを避けるように振る舞っていた。彼女が話しかけてきても、素っ気なく交わす。その度にヒナイチは不思議そうな顔をするがドラルクの冷たさに軽く傷ついたようにも見えた。

ヒナイチが意を決したようにドラルクの元へやってきた。

「ドラルク、ちょっといいか?」

「どうしたのかね?クッキーのおかわりかね?」

ドラルクはわざとそっぽを向き、軽く言い放つ。

「違う」

ヒナイチの真剣な声にドラルクは一瞬息を呑む。振り返ると彼女の視線がまっすぐに自分を射抜いている。心の奥が見透かされているような居心地の悪い感覚に襲われた。

「最近、私がお前に何か気に障ることをしたか?ずっと冷たいし…避けられてるみたいで正直ちょっと傷ついてる」

「…別に…何もしてないであろう?」

「本当か?じゃあ、なぜ最近そんなによそよそしいんだ?」

ヒナイチは少し笑みを浮かべながら問い詰めた。視線を逸らし続けるドラルクに向けて静かに続ける。

「私にとってお前はすごく大事な仲間だ。だからもし私が何かして嫌な思いをさせたならちゃんと教えてほしい」

「…大事な仲間…?」

ドラルクは驚いたように顔を上げヒナイチの真剣な目を見つめた。心臓が跳ね上がるような感覚に戸惑いを覚えながら言葉を探す。

「そうだドラルク。もちろんロナルドもだけど…お前は特別なんだ。私にとって特別な存在なんだよ」

ドラルクは黙り込み目を逸らすこともできずに彼女の視線を受け止める。内心では必死に平静を装おうとするものの、声にわずかな震えがにじむのを感じていた。

「…それなら勝手に他の男と話すな、とは言えぬだろう。君が誰と話そうと、私は何も…」

「でも気になるんだろう?」

ヒナイチはさらに一歩踏み込んだ。

「正直に言ってくれ。私と話してる男がいると少し…嫌なんだろう?」

ドラルクは小さく舌打ちし少し拗ねたように言葉を絞り出した。

「ばかばかしい…私が嫉妬などする訳がないだろう。真祖にして無敵の吸血鬼であるこの私が人間ごときに…」

ヒナイチはその様子に微笑み冗談交じりに言った。

「そうか。でもドラルク…顔に書いてあるぞ?嫉妬してるって」

「何っ…!?」

ドラルクは顔を赤くし思わず言葉を詰まらせた。
ヒナイチがそのまっすぐな視線でじっと見つめてくると、彼は小さくため息をつき観念したように呟く。

「ヒナイチ君が私の側を離れるのが少し気に障るだけだ」

「…それならもっと素直になればいいのに」

ヒナイチが自分を見つめるその瞳は他の誰にも向けられることのない優しい光に満ちていた。

「勘違いするのはやめたまえ。私はただ、吸血鬼の尊厳を守りたいだけなのだよ…ヒナイチ君が誰と話そうが、それが私の吸血鬼としての誇りに影響する訳ではない」

ヒナイチはそんなドラルクの言葉に少し苦笑しながらも「うむ、分かった」と静かに返した。

その時、ドラルクは自分の吸血鬼としてのプライドがただの照れ隠しに過ぎなかったことに気づき頬が熱くなるのを感じた。ヒナイチの言葉に安心し、ようやく嫉妬の苦しさから少し解放された自分がいることを認めざるを得なかった。

「…まったく人間というのは面倒でかなわぬ」

そうブツブツ呟きながらも、ドラルクの顔にはかすかな微笑が浮かんでいた。

ドラルクは、あの日から何かが変わったことに気づいていた。

彼女が自分を『特別な存在』と言った言葉が胸に刻まれ、夜になっても消えない。

しかし、それと同時に奇妙な不安が胸を締めつける。彼女はドラルク自身にとって特別であるが、果たしてヒナイチにとっても本当に自分が特別な存在なのだろうか――。
ふと、ヒナイチが他の人と笑い合う光景が脳裏に浮かび、それだけで胸がざわつくのだ。

そんなある日、ドラルクはヒナイチが仕事で他の吸血鬼退治人の男性と親しげに話しているのを見かけた。何でもない、ただの会話だとわかっている。だが自分だけが知らない場所で彼女が他の人間に心を許していることに苛立ちを覚えてしまう。

「…私以外の奴にあんな風に笑いかける必要なんてなかろう…」

気がつけばドラルクはそう呟いていた。

毎回ヒナイチのために心を込めてクッキーを焼き、彼女がその度に「ありがとうドラルク!」と笑顔を向けてくれる。
それがどれほど彼の喜びとなっているのか誰にも知られたくないものだった。

しかし最近、彼女が他の人にも同じように笑顔を見せる姿を見るとドラルクの胸にモヤモヤした感情が押し寄せてくる。折角自分だけが特別に与えている甘いものだというのに、彼女がその笑顔を他の誰かにまで向けるのがどうしても腑に落ちないのだ。

「クッキーを作ってあげているのに何で私だけを見てくれぬのだ…」

と、彼は心の中でつぶやきながら今度はもっと特別なものを作ればいいのかと考え始めていた。

その夜、ドラルクは一人で考えにふけった。

『吸血鬼にしてしまえば彼女は自分だけのものになる』

この考えが急に心の中に浮かび上がり、ドラルクは自分に驚いた。しかし消え去るどころかその考えはますます深く、心の奥底に根を張っていくように感じられた。

「ヒナイチ君が人間である限りいつか他の誰かに取られてしまうかもしれぬ。それならば…」

ドラルクの中でかつて経験したことのない激しい独占欲が芽生え吸血鬼らしい執着心が増していく。だが同時に彼女を無理やり縛りつけることへの葛藤もあった。

次の日、ヒナイチがドラルクの所へ訪れた。普段通りの明るい笑顔でクッキーをねだる彼女にドラルクは思わず視線を逸らしてしまう。彼女の笑顔はあまりにも眩しく、手の届かない場所にいるように感じられたからだ。

「ドラルク、どうかしたか?最近また変なことを考えてるんじゃないか?」

軽く笑いながら問いかけるヒナイチにドラルクは思わず吐き捨てるように言った。

「ヒナイチ君は少し無防備すぎる。吸血鬼相手にそんなことを言ったらどうなるか分かっているのかね?」

ヒナイチは少し驚いた表情を見せるがすぐにいつものように軽く笑った。

「ドラルクには心配してもらわなくても大丈夫だ」

ドラルクはその瞬間心の奥底に潜んでいた感情が変わっていくのを感じていた。

ヒナイチ君は人間でこの私の存在など気にも留めていないのだろう。だが彼女の無防備さは危うい…彼女の笑顔を他の誰にも向けさせたくない。他の誰にも渡したくない。

自分の能力がミミズレベルであることなど関係ないとさえ思う。ただ、彼女の傍にいられるだけで満足していたはずなのに、今では自分だけが特別でありたいと、切に願うようになっていた。

こうして、ドラルクはヒナイチへの思いを「愛」として認めるよりも早く「彼女を他の誰の手にも渡さない」という独占欲へと形を変えていくのだった。

そしてドラルクはある決意を固める。

『吸血鬼化させるか、それとも…』

毎日ドラルクは落ち着かない気持ちで過ごしていた。

ヒナイチの無邪気な笑顔や、他の人間たちと普通に会話する様子が彼にとっては目に見えない針のように胸に刺さり続ける。

ある夜、ドラルクはヒナイチを自分の部屋に呼び出した。彼女が不安げに小首をかしげながら入ってくると、ドラルクは無言のままその様子をじっと見つめる。いつもと違う、冷たい雰囲気を感じ取りヒナイチも少し不安そうに彼を見返した。

「ドラルク、どうした?何かあったか?」

その問いにドラルクは静かに首を振った。しかし胸の奥に渦巻く感情は抑えられない。

「…ヒナイチ君、私がいない時は他の人間とそんなに親しげに話すのは控えた方がいいと思うのだがね?」

その声色にヒナイチは息を呑んだ。
普段は軽口ばかりのドラルクがいつもと違う底知れぬ冷たさを帯びている。まるでドラキュラの真祖としての本性が垣間見えるような…ゾッとするような威圧感が漂っていた。

「なっ何言ってるんだドラルク…?私はただ仕事をしているだけだぞ…!」

しかしドラルクは揺るがなかった。彼の目は闇の奥底から覗くような鋭さでヒナイチを捉えている。

「ヒナイチ君は分かっていないのだよ。私がこうして君の傍にいるのはただの気まぐれではない…私は他の者が君に近づくことがどうしても許せないのだ」

その声に込められた冷ややかな執着にヒナイチは背筋に冷たいものを感じた。

「ドラルク…ありがとう。心配してくれているのは分かるが私は誰かに取られるなんてことはない。ずっとドラルクの友達でいるつもりだ」

彼女の柔らかな言葉に一瞬だけドラルクの心が和らぐ。だがその安堵はすぐに不安と焦りに掻き消され、次の瞬間にはヒナイチの腕を掴んでぐっと引き寄せていた。

「…友達だけでは足りないのだよヒナイチ君」

彼の瞳は普段の軽妙さを消し、深い執着の光を宿している。吸血鬼としての本能が表に現れたかのように、ヒナイチを射抜くような真剣な眼差しが彼女を捉えて離さない。

「私はただの友達として君のそばにいるつもりなどない…ヒナイチ君を誰にも渡したくないのだ」

「ドラルク…」

彼女は一瞬言葉を失いながらも冷静さを取り戻しゆっくりと静かな声で応えた。

「でも私は…『吸血鬼』にはならない。人間のままでお前の友達でいることが私にとって一番大事なんだ。それを…分かってくれるか?」

その言葉にドラルクの表情が一瞬歪む。
彼女が人間として側にいることで安心を感じる一方で、彼の心の奥には誰にも触れさせたくないという強烈な独占欲が渦巻いている。

「…分かっているさ…分かっているとも、だが…」

ドラルクはヒナイチのことが頭から離れなくなっていた。彼女が他の人間と会話するたび笑顔を見せるたび、自分の心の奥底に生まれた「誰にも渡したくない」という思いが日に日に強くなっていくのを感じる。

ある夜、ヒナイチにご飯をご馳走していたドラルクはヒナイチに近づきその手を強く握りしめた。

「ドラルク?どうした?」

ヒナイチは驚いた表情でドラルクを見上げたが彼はその視線を無視するかのように真剣な眼差しで彼女を見つめ続けた。そしてゆっくりと彼女の耳元で低く囁く。

「君は私のものだ。分かっているだろう?」

その言葉にヒナイチは一瞬息をのんだ。いつもの軽い調子とは異なるどこか冷たい執着のこもった声に不安が胸をかすめる。振り払おうとする彼女の手をドラルクはさらに強く握りしめて逃さなかった。

「他の男と話すたび、私は胸が締めつけられる。ヒナイチ君が誰かに取られるのではないかと…そんな馬鹿げた思いが頭を支配して気が狂いそうになるのだよ」

ヒナイチは困惑しながらも彼の真剣な気持ちを前にして言い返すことができなかった。だが次の瞬間、ドラルクの冷たい手がそっと彼女の頬に触れ、さらに言葉を紡ぎ出す。

「ヒナイチ君は人間のままでいい。ただ、私だけの側にいてくれればそれでいいのだ。それさえ守れないなら…」

ドラルクの視線が鋭く光りまるで「他の選択肢はない」と言っているかのようだった。ヒナイチはその目の奥に吸血鬼としての彼のむき出しの執着と本能の色を見て心が騒ぐと同時に一抹の恐れも覚えた。

「ドラルク、私は自由が…」

「ほう。だがもう待つことも譲ることもできない。君が誰かと笑い合うたび私は…」

ドラルクは一瞬言葉を詰まらせると彼女の手をさらに強く握りしめた。その手から伝わる決意にヒナイチの心は揺れ動いた。

彼女が何かを言おうとしたその瞬間、ドラルクは彼女の肩を引き寄せるようにして近づき、二人の距離は息が触れ合う程まで詰まった。吸血鬼としての鋭い眼差しがヒナイチの瞳を深く見つめ、もう後戻りはできないと告げているかのようだ。

ヒナイチはしばらく沈黙していた。

ドラルクの瞳に宿る吸血鬼としての本能的な欲望、強い独占欲が自分を飲み込もうとするように感じられる。しかしヒナイチもまた、ただ従うつもりはなかった。

「ドラルクは高等吸血鬼としての誇りがあるのかもしれない。それを尊重する。でも私も…私自身の意志と誇りがある」

その言葉にドラルクは驚いたように瞳を見開いた。ヒナイチは彼の手を振り払うことなく静かに視線を合わせる。

「誰かに執着するのは構わない。けどそれを押し付けるなら、私はただ従うだけの存在ではない」

彼女の力強い言葉にドラルクは一瞬何かを考え込むように黙り込んだ。いつもは柔らかい彼女の表情に今は確固たる決意が浮かんでいる。その視線に自らの想いが試されるような気がしていた。

「ヒナイチ君…」

ドラルクは長い年月を孤独に耐えながら城の中で過ごしてきた。その城は静まり返り、訪れる者もほとんどおらず時間さえも凍りついたような空間だった。

その彼にとって、ヒナイチという存在は初めて自分の心に光をもたらす存在だった。だからこそ、失いたくないという気持ちが彼の中で抑えきれないほど膨れ上がっている。

だが彼女が「自分の意志を持っている」と強く宣言した瞬間、彼は自分の考えがどこか間違っていたのかもしれないと気づき始めていた。彼女をただ「自分のもの」として縛り付けることが本当に彼女を守ることになるのだろうか?

少しずつその冷たい手が緩み始める。ドラルクは心の奥に沸き上がる感情に逆らうように自分の意志を抑え込もうとする。

「私は…ただ、怖かったんだ」

その言葉がふと漏れドラルクの顔が苦悩に歪む。
ヒナイチが驚いたように彼を見上げるとドラルクは彼女の手を放し少し離れるように身を引いた。

「ヒナイチ君が誰かに取られることが。ただの玩具みたいに、私に飽きたらどこかに行ってしまうんじゃないかって…そんな考えが頭から離れない」

「ドラルク…私はどこにも行かない」

ヒナイチは優しく微笑み、そっとドラルクの冷たい手に触れた。彼の手の平が温かくなるまで、自分が傍にいると伝えるように…その手を包み込んだ。

「私は私の意志で、お前の傍にいる。誰かに私を奪われることを恐れているならその不安を一緒に乗り越えよう」

ドラルクは彼女の言葉に、心の奥が満たされるような感覚を覚えた。今まで一人で抱えてきた孤独が少しずつ薄れていく。ドラルクは本当の自分を初めてさらけ出したことで心が少しだけ軽くなっていくのを感じた。

ヒナイチがドラルクの冷たい手を包み込むとその手が徐々に温もりを取り戻すのが分かった。ドラルクは初めて自分の弱さを見せた後の安堵感と共に彼女の温もりに溶け込むように手を握り返す。

「ヒナイチ君…」

ドラルクは彼女の名前を静かに呼び、ふとその距離があまりに近いことに気づいた。彼女の澄んだ瞳が自分をじっと見つめている。心の奥にわだかまっていた不安や嫉妬が彼女の優しさに溶かされていくような気がして自然と彼女の顔へと目を移した。

互いに引き寄せられるかのようにそっと唇が触れ合った。その瞬間、ドラルクは胸が熱くなるのを感じた。

人間である彼女に触れ、自分がこんなにも心を動かされるとは思わなかった。吸血鬼としての彼にとってその感情はあまりにも新鮮で心地よい混乱をもたらしていた。

ヒナイチは彼の唇の冷たさとけれど確かにそこに存在する温もりを感じ取り目を閉じてその瞬間に浸った。二人がゆっくりと離れると、彼女の顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。

「ドラルク、私はずっとお前の側にいる」

その言葉にドラルクは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらも彼女の言葉が心の奥まで響き渡るのを感じていた。彼はもう一度彼女を見つめると言葉よりも強い思いを伝えるためにそっと彼女を抱きしめた。彼女の温かい体が自分の腕の中に収まる感覚が今まで味わったことのない安堵感をもたらしてくれる。

ドラルクは彼女を抱きしめながらふと考えた。自分がただ「独占したい」と思っていた気持ちはただのエゴで彼女を守りたいという思いとは違っていたのかもしれない。彼女が傍にいることに対する感謝と安心感が心を満たしていく。

「ヒナイチ君がいてくれて本当に良かった」

ドラルクは少し照れくさそうに呟きヒナイチもまた、彼の胸に頭を預けながら微笑んだ。その夜二人はお互いの温もりを感じながらゆっくりとその瞬間をかみしめた。

静かな夜が続く中、ドラルクはヒナイチをその腕の中にしっかりと抱きしめていた。彼女の温もりが心の底にまで染み渡り、この瞬間が永遠に続いてほしいとさえ思ってしまう。今まで感じたことのない強い思いが吸血鬼の本能に似た何かを刺激しているようだった。

「ヒナイチ君、こうして君が私の傍にいると…」

ドラルクの声はかすかに震え、普段の軽口や余裕が一切なくなっている。彼女の温かい体が自分の腕の中に収まっている感覚。それがあまりに心地よく、彼は無意識のうちに彼女をもう少し強く抱き寄せた。

ヒナイチは驚きつつもその力強さが彼の気持ちを表していることを理解していた。彼女もまた、彼の抱擁の中で心が落ち着き愛情を静かに受け止めている。彼が自分だけを見つめてくれているという事実が彼女にとっても何よりの安心だった。

「ドラルク…大丈夫、私はずっとお前の傍にいるよ」

その言葉にドラルクは目を閉じて小さく頷いた。
しかし心の奥底では「ずっと」だけでは足りないと感じている自分がいた。人間であるヒナイチと自分が永遠に一緒にいられないのかもしれないという不安が彼の心を覆い始める。

「ヒナイチ君、約束してくれ。君は…私だけを見ていてほしい」

彼の言葉に少し戸惑いながらもヒナイチは微笑みを浮かべて頷いた。彼女の小さな肯定が彼の心を満たしていく。しかしその瞬間にも自分がどれだけ彼女に依存しているのか彼は痛感していた。

この思いがただの愛ではなく、執着に似た何かに変わりつつあることを理解しながらも手放したくないという強い願望が心に根を下ろしていた。

「ヒナイチ君、君を誰にも渡したくない」

そう囁くように告げると、ドラルクはもう一度彼女の髪にそっと唇を寄せた。彼女の存在が自分の生きる理由そのもののように感じられる。彼が望むのはただの独占ではなく、彼女と永遠に心を通わせていたいという強い執着心だと彼は気づき始めていた。

二人が互いに触れ合い心を通わせるその夜、ドラルクの愛と執着が深く混ざり合い、彼の中で一つの感情として確かなものになっていった。